【2】

「あれ……」

ふと目を開けると、薄暗い部屋の中。
まだ夜は明けていないな……。
でも、ここはぼくの部屋じゃない。
いったいぼくは、どうしたんだ……。
自分がどこにいるのかまったく分からなくて、慌てて起き上がった。

「いてっ……」

頭がズキズキ痛んで、思わずこめかみを押さえた。

「嶺二さん、目が覚めましたか?」
「へ……?」

ぼくを気遣う柔らかな声。
春歌がソファの脇にしゃがみ込み、心配そうにぼくを覗き込んでいる。
ええっと……ここは、春歌の部屋だよね。
何がどうなって、こうなっているんだ?
頭の痛みに耐えながら、ぼくは必死で記憶を辿る。
確か今日はみんなと飲んで、その帰りに春歌に偶然会って、それで……。
そうだ、思い出してきた!
転びそうになった春歌を助けようとして、ぼくも転んでしまい、応急処置としてこの部屋に来たんだった。
それで……。
あれ?あれれ……?

ぼくは、恐る恐る春歌の方を見た。
ぼくの記憶が間違いでなければ、彼女を抱こうとしてこのソファの上で組み敷いたはずだ。
しかし、そんな痕跡は残っていない。
まさか、まさかね……。

「あの、春歌……。ひょっとしてぼく、途中で寝ちゃった?」

ぼくの質問に、春歌はぼんと頬を赤く染めて、こくこくと頷いた。

「はい……。打ち所が悪くて、意識を失ってしまったかと思って慌てました。でも嶺二さん、気持ちよさそうに眠っているご様子だったので……そのまま起こさずに……」
「あはは、そうだったのか。あはは……」

照れ隠しに笑いながらも、ぼくは心の中で叫んでいた。
あり得ない……。
あり得ないよ!
彼女とのエッチの途中で寝ちゃうとか、男としてあり得ないから!!!
いやいや、確かに四捨五入すれば30歳だけどさ。
でも、まだまだ老いているつもりはないから!!!

「あの……水を持ってきますね」

気まずい雰囲気を払拭しようとしたのか、春歌は立ち上がるとキッチンへとぱたぱたと走っていった。
すぐにグラスに、冷たい水をたっぷり入れて持ってきてくれた。
ぼくはそれを受け取ると、一気にあおった。

「ええっと、その。ごめん……」
「何がですか?」
「いや……君を煽るだけ煽って、寝ちゃった……みたいな……?」
「謝ることじゃないです。嶺二さんは、お疲れでしたでしょうし」

ぼくは手にしていたグラスをサイドテーブルの上に置くと、彼女に向き合う。

「ごめん!リベンジさせて!」
「え……?リベンジ、ですか?」
「ええっと、仕切りなおしってこと」

ここまで来ると、ムードも何もあったもんじゃない。
でも、これは男として死活問題だと思う。
彼女を抱いてる途中で寝ちゃっただなんて、恋人に自分に魅力が無いんじゃないかと落ち込ませる原因になりかねない。

「ふふっ……」

すると、彼女が肩を揺すって笑い出した。
いや、ぼくはかなり真剣に言ったつもりなんだけどな……。

「ごめんなさい。笑ってしまって」

春歌はくすくす笑いながら、ぼくを見つめてきた。
そして、ぼくの手をきゅっと握る。

「リベンジを、お願いします」

そう言うと、彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。

「あんなキスをしておいて、気持ちよさそうに嶺二さんが寝てしまうから……。置いてけぼりになったみたいで、実はちょっとさみしかったです」
「ほんと、ごめん……」
「恥ずかしいですけど、嶺二さんに触れて欲しいです……」

彼女の言葉を聞くと同時に、ぼくの頭痛がどこかに吹っ飛んで行くのを感じた。
確かに、君に誘われたいとは思っていたけど……。
これって、誘われているんだよね?
それともまだ酔っ払って、都合のいい夢を見ているのかな……。

「じゃあ、リベンジするよ」
「はい」

春歌の腕を取ると引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
くすくす笑う彼女の吐息が、ぼくの首筋に当たる。
そのくすぐったさが、これが夢でないことを教えてくれていた。

君が、ぼくを欲しがってくれる。
それだけで、ぼくは本当に幸せなんだ。

嶺ちゃんは、結構詰めが甘いところがあるんじゃないかなと妄想してのオチでした。
事務所の中でも年長者で経験も積んでいるから、しっかりとしてはいるんだけど、ちょっとゆるい部分もあるんじゃないかなーって思います。