肉食系Lover
薄いカーテンの隙間から入り込んでくる街灯の光が、部屋の中をほのかに照らしていた。
そんな暗い部屋の中でも目立つ、蘭丸のふわふわとした銀色の髪。
ヘアースプレーでがっちりと固められたそれは、ふわふわの見た目と反して、触れるとチクチクする。
二人で寝るには少し狭いシングルベッドの上で、性急に求められながらも、春歌はその髪にそっと触れた。
一緒のアパートに暮らしてはいるものの、1週間以上ぶりの触れ合い。
蘭丸に泊まりがけのロケがあったり、春歌に依頼された仕事の締め切りが差し迫っていたりと、ゆっくりとする時間が取れなかったのだ。
そして、触れ合いたい気持ちが互いに臨界点に達して……。
次の日がオフという条件の重なった夜、帰宅するなり二人は求め合った。
「ふふっ……チクチクします」
そうぽつりと呟くと、首筋に顔を埋めていた蘭丸は、怪訝そうに顔を上げた。
彼の最たる特徴とも言えるオッドアイは情欲に支配され、獰猛な光を放っている。
蘭丸は、髪に触れてくる春歌の顔を見ると、その鋭い眼光がふっと緩めた。
「おまえ、好きだよな。チクチクするなら、触ってそう気持ちいいもんじゃねぇだろ」
「あ、すみません。お嫌でしたか?」
「まぁ、嫌じゃねぇけどな。でも、おまえがよく触ってくるから、ちょっと気になっただけだ」
春歌はクスクスと笑いながら、蘭丸の髪を再び撫でた。
「以前、わたしが言った言葉を覚えていますか?蘭丸さんの髪、ふわふわとしてわたあめみたいって……」
「はっ。そういえばおまえ、そんなことを、のほほんと言ったこともあったな」
「うぅ……その節はすみません……。でも、こうして触れてみないと分からないものだなと思って……」
そう言いながら春歌は、蘭丸の髪をひとふさ掴んだ。
「今なら分かります。わたあめではなく、ハリネズミさんみたいです……。でも、シャンプーをして整髪剤が落ちてしまうと、蘭丸さんの髪って意外とまっすぐで柔らかくて、ネコさんみたいなんですよね」
「そんなこと、考えてたのか?」
春歌の言葉に、蘭丸の眉がかすかに顰められる。
「はい。こうして蘭丸さんのおそばにいられる関係にならなければ、知り得なかったことだと思うと、このチクチクするのも、すごく幸せに感じてしまいます」
「……っち……」
舌打ちをした蘭丸に、春歌は機嫌を損ねてしまったのかと少し焦ったが、謝罪を述べる前に、唇が塞がれた。
「ふっ……ん……っ……」
ワンルームのアパートの部屋に、徐々に荒くなっていく二人の吐息と、舌を絡ませ合う水音が響きわたる。
いつも、春歌の意識を奪ってしまう蘭丸の激しいキス。
けれども、今日はいつもよりもさらに激しい。
パイル生地の触り心地の良い部屋着の裾がたくし上げられ、蘭丸の大きな手のひらが、春歌の薄い腹を撫で始めた。
くすぐったさに、思わず身を捩る。
「……んっ……。蘭丸さん、怒ってますか……?」
服を脱がされ、ショーツ一枚にされる。
乳房が外気に晒され、ふるりと震えた。
春歌は、息を切らせながら蘭丸に尋ねた。
「怒ってねぇ。そもそも怒る要素が、どこにもねぇだろうが」
「でも……。やっ……ん!」
固く尖り始めた乳首に吸いつかれると同時に軽く歯を立てられて、強い刺激に悲鳴のような声が漏れてしまった。
「おまえの言ったことが、かわいすぎるんだよ」
蘭丸の唇が、乳房からわき腹へと移動していく。
今度は、わき腹の柔らかい部分に歯が立てられた。
細身ではあるものの、女性らしい柔らかみはきちんとある春歌の体。
その中でも特に柔らかい部分……わき腹や二の腕、太ももなどに、蘭丸は好んで歯を立てる。
そのことに気づいたのは、つい最近のことだ。
体を重ねることを覚えたばかりの頃は、蘭丸から与えられる感覚に翻弄されて、春歌には気づける余裕が全くなかった。
鈍い痛みはあるものの、やり過ぎないよう蘭丸なりに加減してくれてはいるらしい。
しかし、やはり歯形は残ってしまう。
服で隠せる場所だから、噛まれることに抵抗は感じないものの、やはり毎回のこととなると気になってくる。
所有の証として、恋人の体にキスマークを付けるという話は、恋愛系のドラマや雑誌で知識として得てはいるものの、蘭丸から春歌に与えられるは歯形……。
これは、普通のことなのだろうか。
初めてお付き合いするのも、こういった関係になるのも、蘭丸が初めてな春歌は、そこのところが分からない。
かといって、誰かに相談できるような内容でもない。
先ほど、髪に触れる行為について聞かれたことだし、自分からも聞いてみよう。
そう決意すると、思い切って口を開いた。
「あの……。蘭丸さん。わたしもひとつ気になることがありまして……」
「ん?あぁ、なんだ?」
春歌のわき腹の柔らかさを堪能するかのように歯を立てていた蘭丸は、その行為を中断し、顔を上げた。
しかし、改めて聞くとなると、恥ずかしさがこみ上げてきた。
春歌は、手のひらで顔を覆い隠しながら尋ねる。
「そ、その……。蘭丸さん……。よくわたしのお腹や腕などを噛まれますが、どうしてですか?」
「おまえ……気づいて……。じゃねぇ。悪ぃ……。痛かったか?」
「いえ!大丈夫です。た、ただ……いずれもお肉がよく付いている場所なので、少し恥ずかしくて……」
「肉が付きすぎてるってことはねぇだろ」
「でも、恥ずかしいです……。こういった行為は、普通に行うものなのでしょうか?わたしにとって、蘭丸さんが初めてお付き合いする男性なので、気になって」
「……ぐ…………」
蘭丸の喉から、うめき声のように詰まった音がした。
恐る恐る、指の間から蘭丸の様子を伺った。
薄暗がりの中でも、彼の耳が真っ赤なのが分かる。
「あ……あの……」
「………………だろう……な」
「蘭丸さん?」
「普通じゃねぇだろうなって、言ってんだ。何度も聞くんじゃねぇ」
「は、はいっ!すみません!」
あっさりと普通でないことを認めた蘭丸は、春歌のお腹に頬を寄せ、深い息を吐いた。
「はぁ……。おまえが謝るとこじゃないよな……」
「いえ。気にしないでください!」
「……………………なった」
「え?」
「あーー、くそっ!一度しか言わねぇから、しっかり聞け」
「は、はい!」
蘭丸の勢いに押され、春歌は大きな声で返事をした。
甘いムードは、どこかへ吹っ飛んでいってしまった感じだ。
「おまえの体、柔らかくてうまそうだなって思って噛んでみたら、マジでその通りで、そのまま癖になった……」
「あの……わたしが、おいしいんですか……?」
「……もう言わねぇ」
気恥ずかしいのか、ふてくされた感じで、そうぽつりと呟く。
そして蘭丸は、春歌のわき腹にキスをひとつして、再び歯を立てた。
いつもよりも強い力加減に、春歌は思わず体を震わせた。
食われる……。
ただ、そう思った。
かわいいネコさん。
でも、現在のように愛玩用動物として飼われるようになるまでは、肉食であり小動物を狩る彼らは、人間と競合相手だった。
かわいい彼らの本性は、肉食の獣。
「ら、蘭丸さん!?」
「何でこんなに柔らけぇんだ?おまえ、おれと同じ人間か?」
わき腹から太ももへと、徐々に移動していく。
「悪い。ちょっと強くし過ぎた」
「ひゃっ……あ……」
「マジでうめぇ」
太ももの一番柔らかな部分。
そこをきゅっと噛まれ、白い肌にくっきりと蘭丸の歯形が浮かび上がる。
蘭丸は、自ら付けたその噛み痕を、熱く柔らかな舌でなぞった。
(蘭丸さん、ネコみたい……)
春歌は心の中で、そんなことを思った。
獰猛な獣の本性を見せても、やはりかわいい愛玩動物。
ネコという生き物は、蘭丸に似ている。
慣れないネコにいきなり近づいても、鋭い牙や爪で威嚇される。
それでも無理に近づくと、するりと逃げられるか、攻撃されて痛い目を見る。
出会ったばかりの頃の、蘭丸を思い出す。
でも、慣れてしまえばそんな態度も一転。
信じられないくらい甘い声で鳴き、体をすり寄せてきたり、機嫌が良いとぺろりと舐めてくれる。
それに、ネコは意外と嫉妬深い。
ツンとすまして孤独を好むような顔をしつつも、飼い主が他に気を取られると、自らの存在を主張してくる。
雑誌を読んでいると、ちょうど読んでいる記事の上ジャストにタマが乗ってきて邪魔をすると、蘭丸が苦笑しながら話していたことを思い出した。
(ふふっ。かわいいです)
春歌は、心の中で呟いた。
かわいいなんて本人に言ったら、怒るかもしれない。
だから、心の中で思うに留める。
「ニヤニヤ笑って、今日は随分余裕じゃねぇか」
ぎしりとベッドを軋ませて移動すると、蘭丸が春歌の顔をのぞき込んできた。
蘭丸の体の重みを感じる。
「い、いえ。余裕と言うわけでは……」
目をパチパチと瞬かせながら、春歌は蘭丸の腕に触れた。
少し硬くて、弾力のある肌触り。
細身に見えるけれど、蘭丸の体には、しっかり筋肉がついている。
女の自分とは、明らかに違う体。
「蘭丸さんは、ご自分のことを筋張ってて、硬いだけだと言ってましたよね。ライオンでもきっと残すって……」
春歌はそうつぶやきながら、蘭丸の腕をすりすりと撫でた。
「はっ。そんなことも言ったな。見た目からしても、おれはマズそうだろうが」
「そうでしょうか……」
そこからは、無意識の行動だった。
蘭丸の腕の撫でていた部分に、春歌はおもむろに唇を寄せる。
そして、感触を確かめるように上唇と下唇ではむっと挟んでみた。
仕事柄、二の腕を晒すことの多い蘭丸に、歯を立てるのは躊躇されたので、その感触を唇で確かめるように。
「なっ!おまえ、何して……」
「はっ!!?すみません。おいしいのかなと考えていたら、つい……」
「……ったく。たまに、とんでもねぇことをするよな。で、うまかったのか?」
「あの……よく分かりませんでした」
春歌の言葉を聞くと、蘭丸はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「おまえのやり方は、食ったうちに入らねぇよ。ちゃんと食え」
「えぇっ!!そ、そういうわけには!!!」
春歌の上に覆い被さっていた蘭丸は、体を起こすと、ベッドの上に胡座をかいた。
そして、まだ着たままだったTシャツを脱ぎ捨てる。
蘭丸の引き締まった上半身が、春歌の目に晒された。
男性に対して使う言葉として、的確ではないかもしれないけれど、とてもセクシーだ。
それだけでも、春歌には刺激が強くて、全身がかっと熱くなった。
「春歌、来い」
「……む、無理です」
「半端なことはするんじゃねぇ」
「でも……蘭丸さんにそんなこと……」
「ったく……おまえは、こういうとき強情だな」
「うぅ……」
永遠に続きそうな押し問答。
しかし、それは蘭丸の一言で終わりを告げた。
「……食ってみなきゃ、分からねぇだろう?」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、春歌は息を飲んだ。
蘭丸の声が、甘く誘いかけてきたからだ。
言葉遣いはいつも通りの乱暴なものなのに、ひどく甘い声音。
二人きりのときにしか、聞くことの出来ないそれに春歌は弱い。
蘭丸は、その声を意識して出しているわけではない分、不意打ちが過ぎて目眩を覚えた。
理性や羞恥心を、あっさりと奪われる。
春歌はこくりと頷くと、蘭丸のむき出しの肌に、手を伸ばした。