れいじさんスイッチ
そろそろかなと思いわたしが壁にかけられた時計を見るのと、玄関のチャイムが鳴るのは同時だった。
わたしは小走りで玄関へと走っていき、鍵を開ける。
もう、誰が来たのかは分かりきっている。
わたしのお仕事のパートナーであり、そして恋人でもある寿嶺二さん。
嶺二さんはアイドルで、わたしは作曲家。
近いようで遠い互いの職業だから、スケジュールがなかなか合わなくて嶺二さんに会えるのは久しぶり。
だから、とびきりの笑顔でお迎えしようと思って、わたしは心を躍らせながらドアを開けた。
「お待ちしていました」
「はーーるるん。それっ!」
「え?きゃー!!?」
ドアが開くと同時に、パンという大きな音が響いてわたしは思わず叫び声を上げてしまった。
心臓が口から飛び出すんじゃないかってくらい、びっくりした。
嶺二さんがドアを開けるタイミングでエアクラッカーを鳴らしたんだということを確認すると、わたしは安心してその場にへたり込んでしまいそうになった。
嶺二さんは、そんなわたしの腕を慌てて掴むと、支えてくれた。
明るく元気で、ひょうきんな性格で、みんなに愛されるアイドルの嶺二さん。
その上、周囲への気遣いや礼儀もきちんとしていて、仕事も真面目にこなすから、業界での評価も高い。
わたしの自慢のパートナー。
基本的にシャイニング事務所に所属している作曲家には、パートナーがいる。
しかし、わたしは事務所に所属しているにも関わらず、これまでそのパートナーがいなかった。
シャイニング事務所のアイドルや作曲家は、社長が学園長も兼ねている早乙女学園の卒業生がほとんどだ。
その早乙女学園では、パートナー制が義務付けられている。
アイドル志望の生徒と作曲家志望の生徒が入学した段階でパートナーを組み、二人三脚で卒業オーディションを勝ち抜いて、事務所の準所属の座を得なければならないのだ。
卒業後もその最初に決まったパートナーで仕事をする人たちが、ほとんどだ。
わたしが入学時にパートナーを組んだ相手は、家庭の事情により1ヶ月も経たずに退学をしてしまった。
結局、新たなパートナーを見つけることが出来なかったわたしは、曲だけで卒業オーディションに臨んだ。
最優秀作曲賞に選ばれたものの、歌唱点のないわたしは点数が足りなくて、準所属になれなかった。
しかし、学園での担任であった日向先生の機転により幸運にも事務所に残ることができ、紆余曲折を経て準所属になることができた。
そして、順調に仕事を重ねて、正所属を目指すマスターコースへ進むことが出来た。
そのマスターコースのわたしの指導教官が、寿嶺二さんだった。
最初は、いつもテンションの高い元気な先輩だなという印象しかなかったけれど、指導を受けるうちにただそれだけの人でないことを知った。
高いテンションも、周囲への気遣いから来るもの。
そして、一切の妥協を許さない仕事に対する真摯な姿勢。
先輩だからと言って、けっして驕らない謙虚さと、経験に甘えずに常に新しいことを吸収しようとする意欲。
そして、教え子であるわたしたちのことを……マスターコース修了後のことも見据えてのきめ細かい指導。
本当にすごい人であることを知るのに、そんなに長い時間は掛からなかった。
わたしは尊敬の念とともに、いつの間にか恋愛感情も抱いてしまっていた。
マスターコース修了の前に、互いの気持ちを知ることができ、パートナーになることを誓った。
しかし、正所属になったばかりの作曲家であるわたしが、嶺二さんクラスのアイドルのパートナーになるには、まだまだ経験と実力不足で、社長からとんでもない課題をたくさん出された。
その困難を越えて、こうして今、嶺二さんという歌も人柄も素敵で尊敬できる人とパートナーになれ、しかも事務所公認で恋人にまでなれてしまった。
嶺二さんはアイドルだから、世間に公表することはできず、ひっそりとしたお付き合いだけれど、わたしは幸せだ。
「めんご。ちょっとしたお茶目でドッキリさせようとしたんだけど、ドッキリさせ過ぎちゃったね」
「いえ、大丈夫です。でも、確かに心臓が止まりそうでした」
ほっと息を吐きながら胸をさするわたしを、嶺二さんはそのままがばっと抱きしめてきた。
「んー、本当にごめん、はるるん!死んじゃダメだよ」
「え……はい」
突然の抱擁に、わたしはドキリとした。
久しぶりに感じる嶺二さんの体温と匂いに、くらくらしそうになるけれど、それ以上に抱き締められることが幸せで……。
しかし、わたしの背中をぽんぽんとやさしく二度叩くと、嶺二さんはあっという間に体を離してしまった。
その瞬間、わたしの心にふとよぎる違和感。
「落ち着いた?」
「はい、大丈夫です」
「よかった!それじゃあ、改めていってみようか。ドッキリカメラのお約束ーー。ドンドンパフパフーー」
嶺二さんは、おもむろに人差し指を立てた。
唐突な行動に、わたしは目を瞬かせながら思わずそちらを見たけど、何の変哲も無い玄関のライトがあるだけだった。
「はい?」
「もう、はるるんったらノリが悪いんだから!ドッキリが成功したときのお約束。締めの言葉だよ!それでは、カメラに向かってーー、だーいせーいこーう!」
「えーーっと、だ、大成功!」
「うんうん。合格!それじゃあ、お邪魔します」
高いテンションを保ったまま、嶺二さんは部屋の中へと入ってきた。
わたしはその後姿を見ながら、先ほど感じた違和感の正体が何となく分かってきた。
「撮影現場からそのままみえたんですよね。こちらに掛けていてください。お茶を淹れますね」
「あ、ちょっと待って」
キッチンへ行こうとするわたしを、嶺二さんは呼び止めた。
振り返ると、とびっきりの笑顔がわたしの目に飛び込んできた。
まぶしいばかりの笑顔に、やはり嶺二さんはアイドルだと、思わず見とれてしまう。
しかし、嶺二さんの笑顔に見とれながらも、わたしは、ああ、やっぱり……と思った。
今の嶺二さんの笑顔は、”アイドル”の笑顔だったから。
「とりあえず、出来たところまで、曲を聴かせてちょ」
「はい。じゃあ先にデータを持ってきますから、ちょっと待っていてくださいね」
わたしは、パソコンの前に置いてある曲のデータの入ったポータブルプレイヤーとヘッドホンを取ると、嶺二さんに渡した。
嶺二さんがわたしの部屋を訪ねてきた目的は、これ。
年末に3夜連続で放送される2時間ドラマの主演が決まった嶺二さんは、そのドラマの主題歌も担当することになっていた。
そのため、ドラマと役のイメージに合う主題歌を、わたしたちは鋭意製作している。
わたしと嶺二さんがパートナーになって、2作目の歌。
わたしたちが初めて作った前作は記録的ヒットとなり、アイドル寿嶺二の魅力を世間に再認識させる結果となった。
人気も落ち着いて中堅の領域に入っているアイドルが再び爆発的ヒットを飛ばすのは、業界でも珍しい例らしい。
歌のヒットから、嶺二さんはぐんと仕事が増えた。
満を持しての2作目だから、わたしも嶺二さんも気合が入っている。
お茶の間のみなさんに、わたしは嶺二さんの魅力をもっともっと伝えたい。
時間が合えば、こうして二人で曲の打ち合わせをしている。
「センキュー。それじゃー、聴かせてもらうよん」
嶺二さんがヘッドホンを付けて、音楽を聴き始めるのを確認すると、わたしはキッチンへ向かった。
「もう夜も遅いですし、カフェインのないお茶の方がいいですよね……。疲れていらっしゃるでしょうし、リラックスできるような香りの……」
独り言を言いつつ茶葉の入った缶を棚から取り出したところで、わたしははたと手を止めた。
玄関での嶺二さんの様子、そして、とびきりの笑顔を思い出す。
その魅力的な笑顔で、いつもみんなに元気をくれる嶺二さん。
わたしだけじゃなくて、たくさんの人が嶺二さんから元気をもらっている。
嶺二さんのファンの年齢層が幅広いのも、恋人としての贔屓目を抜きにしてよくわかる。
そんな嶺二さんは、誰から元気をもらっているのかな?
ファンからの声援はもちろんだけど、わたしは、嶺二さんに元気をあげられているのかな?
嶺二さんだって、元気をあげるばかっりでは、疲れきってしまうはず。
わたしと二人きりのとき、嶺二さんはいくら疲れていたとしてもそんな素振りや、機嫌の悪そうな様子はまったく見せない。
彼はわたしよりも、ずっとずっと大人だから、そんな面を悟らせないようにしてくれている。
でも、二人きりの時間を重ねるうちに、わたしは何となく分かるようになってきた。
嶺二さんは、気配りと元気のスイッチを、いつも入れたままなんだってことを。
恋人であるわたしの前でも。
それは、疲れているときほど顕著になっていると思う。
疲れているときほどそれを悟らせたくなくて、高いテンションを保っておもしろいことをする。
そして、一番わかりやすいのは……。
わたしに、あまり触れてくれなくなる。
普段はハグしたり、頭を撫でてくれたりと、スキンシップ過多なくらいなのに、途端に触れてくれなくなる。
今日のすぐに終わってしまった玄関先での抱擁が、その際たる例。
きっと、嶺二さんは今疲れてる……。
そう確信すると、わたしはますます心配になってきた。
例えるならば、いつも作曲の作業で使っているパソコン。
長い時間作業に没頭して電源を入れっぱなしにしておくと、バッテリーがすごく熱くなって来て、壊れちゃうんじゃないかってヒヤヒヤする。
それは、人間だって一緒だと思う。
スイッチをオフにする時間がないと、電池が無くなったり、熱で焼き切れて壊れてしまう。
嶺二さん、わたしはあなたに元気をあげたいし、疲れを癒してあげたい。
仕事をしているときがオンならば、恋人と過ごす時間はオフのはず。
でも、わたしの前ではオフになりきれていない。
それじゃあ、今のわたしに出来ることはなんだろう……。
そこまで考えたところで、わたしはふるふると首を振った。
とりあえず、今日の打ち合わせが早めに終わるように努力することだろう。
そう決意しながらハーブティーの缶を開けると、レモンのすっきりとしたクリアな香りがふわりとキッチンに広がった。
「お待たせしました。お口に合えばいいんですが……」
「ありがとう。レモンの香りがするねー。うひゃー、しみるなー」
「あの……疲れているときに効くハーブティーなんですが、大丈夫ですか」
「うんうん。大丈ヴィ!おいしいよ。レモンはファーストキスの味ってね」
「……。ファーストキス、ですか……」
嶺二さんの言葉を咀嚼するように繰り返してみて、わたしは頬が熱くなるのを感じた。
まだ片手で足りるくらいしか嶺二さんとはキスをしたことが無いけれど、そのときのこと、感触を鮮明に思い出してしまい、恥ずかしくなってきた。
「あの……。そういう意図で、このハーブティーを淹れたわけではなく……。あの、その……」
「ストーーップ」
動揺のあまりまともに喋れなくなってしまったところで、嶺二さんはパチンと手拍子をする。
目を丸くするわたしに、嶺二さんはやさしく微笑みかける。
「はるるん。とりあえず、お茶を飲んで落ち着こうか」
「は、はい。そうします」
暖かいハーブティーを、二人そろって飲んだ。
すっきりとしたレモンの香りで、わたしは少し落ち着きが戻ってきた。
「すみません。いちいち動揺してしまって」
「気にしない、気にしない。でもでもー、可愛いこと言うの禁止ね!おにいさん、ドキドキしちゃったから。まだ曲の打ち合わせをしなくちゃだし」
「可愛いこと……でしたか?」
「はるるんは自覚無いかもしれないけど、とーーっても可愛いよ。……それにさ、こんな状況でそんな反応されたら、君のこと滅茶苦茶にしてしまいそうになるし……」
嶺二さんの言ったことの後半が聞き取れず、わたしは目を瞬かせて首を傾げた。
「何でもないよん。じゃあ、打ち合わせ開始!まずさ、イントロのところだけど……」
何を言ったのか尋ねようとしたけれど、嶺二さんが打ち合わせモードに切り替わってしまったので、それは叶わなかった。
そして、曲の話になるとわたしもそっちにモードが切り替わるので、そのまま真剣に嶺二さんと意見をぶつけ合った。
「じゃあ、今日はこれくらいにしておこうか」
「はい。話し合った問題点を改善して、必要な部分を作り直してみます。出来上がったらまた連絡しますね」
「しくよろ!あ、もうこんな時間かー」
区切りがついたところで、嶺二さんが腕時計を見るとそそくさと立ち上がった。
真剣に話し合っていたから、時間の経過を気にしていなかったのだが、もう真夜中近かった。
「じゃあ、ぼくはそろそろ帰るよ。0時になる前にさ。れいちゃんは、シンデレラ!みたいなー。てへっ」
「帰っちゃうんですか?」
言葉を発した後で、自分の声が想像以上にさびしげで甘えた感じなのに、内心驚いてしまった。
わたしの顔を見て、嶺二さんは微笑みを浮かべる。
少し、困ったような様子で。
「ねえ、はるるん。前回の打ち合わせからかなりの短期間で、これだけの修正を加えたものを作ったんだよね。すっごく無理してるはず。休まなきゃ、めっ!だよ」
「ごめんなさい。そうですよね……。嶺二さんも、お疲れでしょうし……。お引止めするのは、わたしの我がままで……」
そう言葉にすると、ますますさびしさが襲ってきて、わたしは思わず俯いた。
「……その顔は、反則でしょ……」
嶺二さんの真剣な声に、わたしははっとして顔を上げた。
すると、彼は再びソファに腰掛け、わたしをそっと抱き寄せてきた。
わたしが甘えるように嶺二さんの胸に頬を寄せると、やさしく髪を撫でられる。
それだけで、寂しさに支配されそうになっていた心が、ほかほかと暖かくなってきた。
またわたしは、嶺二さんに元気をもらっている。
こうして、抱き締めてもらって……。
満ち足りた気持ちで吐息を吐きながら嶺二さんのシャツの胸元をきゅっと掴むと、すとんと心の中に落ちてくるものがあった。
ああ、そういうことか。
さっきから考えていたことの答えが、ここにあった。
こんなに、単純なことだったんだ。
どうして、気づかなかったのだろう。
気づいてしまったからには、すぐに実践しなくちゃいけない。
「嶺二さん、ひとつだけお願いがあるんですが、いいですか?」
「もちろん。ひとつと言わずいくつでもって言いたいけど、タイムリミットが近いからひとつね」
わたしの小さなわがままに、嶺二さんの胸が上下して笑っているんだって分かった。
「私に、嶺二さんを抱かせてください」
「…………」
嶺二さんからの反応がない。
わたしの発したお願いに、嶺二さんは言葉を失ってしまったようだ。
抱き締める腕の力が緩んだので、わたしはそっと離れて、嶺二さんの表情を伺う。
すると、嶺二さんは、こめかみを押さえて何やら考え込んだ。
「ダメですか?」
「えーーーっと……。おにいさん、はるるんが何を言ったのか、よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれる?」
声が小さすぎたのかな?
わたしは、はっきりとした声でもう一度繰り返した。
「嶺二さんを、抱かせてください」
「…………ぼくを、はるるんが?」
「はい。わたしが嶺二さんを抱きたいんです」
「ああ、そういうことね……って、ちょっと待った。タンマ!」
嶺二さんは、慌ててわたしの体を引き離した。
「嫌ですか?嶺二さんが嫌なら……」
「嫌なわけないでしょ?はるるんは、自分が何を言っているか分かっているの?」
「分かっています」
「ははーん。”抱かれたい男”で、今年ついにトップ10入りしちゃったれいちゃんを抱きたいだなんて、はるるんったらお茶目を言ってみてるんだねっ。うりうり」
嶺二さんは笑いながら、わたしの髪をくしゃくしゃとやった。
そうされながらも、わたしは嶺二さんを見つめて訴える。
「お茶目じゃなくて、本当に……」
「マジで、なの?」
その瞬間、嶺二さんの笑顔がすーっと引いて、真剣な顔になった。
その反応から察するに、わたしはとんでもないことを言ってしまったようだ。
今さらながら、恥ずかしくなってきた。
でも、ここまで来たら後には引けない。
「真面目にです。抱かれたいんじゃなくて、抱きたいんです。とにかく、おとなしく抱かれてください」
もうどうにでもなれと、わたしは勢いよく立ち上がると、嶺二さんの頭を抱え込むようにしてぎゅっと抱きしめた。
嶺二さんの頭頂部にこつんと顎を乗せて、ゆっくりと目を閉じる。
こんな風に嶺二さんを抱くのは初めてのことだから、力加減が分からない。
ぎゅっとし過ぎちゃったかなと心配になって、少しだけ腕の力を緩めると、いつも彼がしてくれるように髪をそっと撫でた。
少し癖があるけれど、きちんと手入れされている柔らかい髪は、とても触り心地がいい。
嶺二さんは、髪の先までアイドルなんだなと考えながら、わたしは何度も髪を撫でる。
「抱くってこういうことか……。ちょっとほっとしたというか……。いや、別の意味でほっとできない状況なんだけどさ。心臓に悪いなぁ」
おとなしく抱かれながら、嶺二さんがわたしの腕の中で呟く。
「どうですか?」
「嬉しいよ」
そのたった一言が、わたしはすごく嬉しくて、微笑みながら嶺二さんに話した。
「わたしはいつも嶺二さんにこうしてもらうと、すごく幸せで、あったかい気持ちになるんです。仕事明けでどんなに疲れていても、元気が充電されるみたいな感じで……。だから、嶺二さんにもこうしてあげたいって思ったんです。元気と幸せをあげたいって」
「ありがとう、はるるん。でも、どうしてぼくが元気が無いって思ったの?」
「だって、今日の嶺二さんはいつもよりテンションが高かったですし……。つまり、気配りと元気のスイッチが入ったままでした。だから、わたしの前でくらいは、ほっとして欲しいなって思ったんです」
「あはは、はるるんはぼくのことよく分かっているんだね」
「だって、嶺二さんの恋人ですから。それに、嶺二さん……。疲れているときほど、わたしに触れてくれないじゃないですか。こうして触れ合うことで、疲れが取れるってこと、わたしは知っていますから。これは、嶺二さんが教えてくれたことですよ」
わたしの腕の中で、嶺二さんがくすりと笑った。
「敵わないなぁ……君には。でもね、分かって欲しいんだけど、いつも君のことを抱き締めるだけでも、ぼくは元気をもらっているんだよ。いや、きみの顔を見て、声を聞いて……それだけでもね。はるるんはどう?」
今度は嶺二さんに尋ねられてわたしは考えた。
その通りだった。
嶺二さんの顔を見て、声を聞くだけでも確かに元気はわいてくる。
でも、こうして触れ合うことでさらに元気がもらえる。
「わたしもです……。でも、触れ合うともっと元気になれます」
「そうだね。ってことは、今日のぼくははるるんに抱かれたから、いつもの倍の元気をもらえちゃったってことになるね」
「よかったです」
「うーーん、前言撤回することになるけど、今すぐ帰るのはやめとこうかな」
そう呟きながら、嶺二さんの手がわたしの背中をするりと撫でてきた。
それが少しくすぐったくて、腕の力がわずかに緩んだところで、嶺二さんは笑みを浮かべながらわたしの肩に手を掛け、自分のほうへと引き寄せる。
そして、嶺二さんの唇が、わたしの鎖骨のあたりに近づいて……そのままわたしの鎖骨に、軽くキスをした。
チュッと軽い音を立てて唇が触れただけなのに、わたしの全身は一気に熱くなってきた。
「ねえ、春歌」
すると嶺二さんは、いつものようにあだ名ではなく、普通に名前でわたしを呼んだ。
鎖骨へのキスとの相乗効果もあって、わたしの心臓はここへ来て急にドキドキし始めた。
抱きしめたときは無我夢中でドキドキすることを忘れていたけれど、わたしの名前を呼ぶ嶺二さんの声がすごくセクシーで、この状況を否が応でも意識してしまう。
「春歌の心臓がドキドキ言ってるのが、ぼくにまで聞こえてくるよ」
「だって、嶺二さんがっ……」
わたしは、思わずぎゅっと目を閉じた。
「疲れているときほど触れないのは、余裕が無くて、きみにやさしく出来ないかもしれないから。ぼくは大人で、君はまだまだ恋を知ったばかりの女の子。怖がらせたくないからね」
「わたしは、嶺二さんを怖がったりしません」
「余裕の無いぼくなんて、かっこよくないでしょ。ぼくは見栄っ張りでずるいからね」
「どんな嶺二さんでも、かっこいいです。……そんなこと思いません」
「そうかな?本当のぼくを知っても、そんなこと言ってられる?」
その言葉と同時に、視界が反転した。
嶺二さんに見下ろされる形になって、ソファの上に押し倒されたんだってことにすぐ気がついた。
「え、あ……」
あまりの急展開に、わたしは言葉に詰まった。
こういうとき、どう言ったらいいのか分からない自分がもどかしい。
経験が無いから、気のきいた台詞が出てこない。
そんなわたしの様子を、嶺二さんはしばらく射抜くような強い瞳で見つめていた。
困惑したわたしが何も言えずにいることが分かると、ふっとやさしい微笑みを浮かべ、そっと髪を撫でてきた。
「なーんちゃって。怖がらせて、めんご。無防備に君が核心をついてくるから、れいちゃんはつい本気を出しちゃいそうになったよ。危ない危ない」
そう言っておちゃらけたようにぺろりと舌を出すと、嶺二さんはわたしから離れていこうとする。
いつもの明るく元気な寿嶺二の顔で。
このままじゃ、ダメ。
本能的にそう感じたわたしは、思わず嶺二さんの襟首を掴んでしまった。
「怖がっていません」
そう呟くと、わたしは嶺二さんの襟首を掴んだまま頭を持ち上げて、彼の鎖骨に唇を押し当てた。
さっき、彼がわたしにそうしたように。
唇を離すと、わたしは彼の瞳をまっすぐに見つめて言い切った。
「わたしの前ではスイッチを切って、本当の嶺二さんでいてください。どんな嶺二さんでも、怖がったりしません。約束します」
嶺二さんの顔から、すっと笑いが消えた。
「ずいぶん煽るね、春歌」
「……。好きです……」
もう、それだけを伝えるのが今のわたしの精一杯だった。
「ぼくも好きだよ」
嶺二さんの唇が、今度はわたしの唇に重なる。
軽く触れ合うキスをすると、嶺二さんはわたしの頬を撫でてきた。
「さっき、本当のぼくって言い方をしたけど、どっちのぼくもぼくであることには変わりないってこと、分かってくれる?」
「はい……」
頷くわたしを見つめる嶺二さんの瞳が、すっと細められる。
「君のおかげで、いつものスイッチは切れたんだけどさ、別のスイッチが入っちゃったみたい」
「別の?」
「うん、本気のスイッチ。入れたのは、君だからね」
「わ、わたしですか?」
わたしの頬を撫でていた指先が、首筋へと移動する。
そして、わたしの首筋をひと撫ですると、嶺二さんは自らのネクタイを解き始めた。
「ちなみに、ぼくのこのスイッチを入れられるのは君だけだし、ぼくが満足しないとこのスイッチは切れない仕様だから、覚悟してちょーだいね」
口調はいつもの嶺二さんと変わらないはずなのに、わたしを見つめる目はとても熱っぽくて、セクシーだ。
わたしだけしか見ることのできない、本当の嶺二さんの姿。
わたしの鼓動は、限界まで高鳴る。
じっと見つめるわたしの目を、嶺二さんはそっと手のひらで隠す。
それと同時に、狂おしいほどの激しく熱いキスが襲ってきた。
どうやらわたしは、とんでもないスイッチを押してしまったみたい……。
でも、そんなわたしの思考は、激しいキスであっという間に蕩けてしまった。
嶺二先輩は、絶対にONとOFFのスイッチがあるタイプだなと思います。そして、OFFになれるのは一人になったときだけなんだろうけど、付き合うようになって春歌の前でもOFFになれるように変わるといいなというのが個人的な願望。そんな願望をお話にしてみました。
パートナー不在の春歌と嶺二先輩がパートナーになりお付き合いしている設定です。いろいろ迷ったのですが、「嶺二さん」「はるるん」と呼び合っていることにしました。Debutでは攻略対象外なので、自由度が高い分難しいです……。
【以下、Debutのネタバレ嶺二先輩語り】
先輩たちの中で一番好みじゃないかもとか思っていてごめんなさい。そんなこと思っていたプレイ前の自分に、チョップを食らわせたいです。
Debutをプレイして、普段おちゃらけているキャラなのに、損得勘定抜きで仲間を思いやる気配りの人であることを知りキュンキュンしました。そして、あなたが先輩EDでトキヤを真剣に叱ってくれた瞬間、完全に落ちました。トキヤより身体的には小さい先輩が襟首掴んで本気で叱っている姿にマジで胸をズキュンされて、もうクラクラです。こんな先輩に、リードされたい。
ROT組ルートをループしながら、ASの嶺二先輩ルートはどんな風なんだろうと妄想する日々です。嶺二先輩は苦労した年月が長い分、恋愛になるための敷居が高いんだろうなっていう印象があったんですが、ドルソンの視聴を聴いてみてちょっと認識を改めました。こうと決めたら、一気に落としに掛かってきそうな気がしますね。何はともあれ、草食系、肉食系、どちらの寿嶺二でもおいしくいただく気満々です。つまり言いたいことは、早く来い来いAllStar!着地点不明なため妄想で壊れそうなので、発売日を早く発表してください。むしろ、早く発売してください……。