Go Home

帰る家がある。
自分のことを待ってくれている人がいる。
なんて、あたたかいんだろう。



「蘭丸さん。あの……これ……」
「おう。……って、いきなり何だ?誕生日……でもねぇし……何かあったのか?」

二人暮らしのアパートへ帰宅するなり、恋人が差し出してきたものを受け取ると蘭丸は首を傾げた。
深い赤の包装紙に、紺色のリボン。
大人っぽい、シックな雰囲気にラッピングされた、それ。
二人にとっての記念日を、自分は失念していたのだろうかと、内心焦った。

「その……深い意味は無くて……。わたしから、日頃の感謝の気持ちを込めてプレゼントです!」

真剣な顔でそんなことを言い出した恋人、春歌。
可愛いことを言うじゃねぇかと内心思いつつ、蘭丸は手渡されたプレゼントをもう一度しげしげと眺めた。

「ん……サンキュ。そういうことなら、開けるぜ」
「はいっ!」

固唾を飲んで見守る春歌の顔を見て、ついつい緩みそうになる口元を抑えつつ、蘭丸はラッピングのリボンを解いた。
そして、丁寧に包装紙も取っていく。
包装紙の中から出てきたものは……。

「おい……何だ、これ」

シックな外側からは想像もつかなかったもの。

「手袋です。これからの季節に必要なものだと思い、ご用意しました」
「それくらい、見りゃあ分かる」
「あ!ちなみに指を出す穴もあるので、大丈夫です」

どういう意味の大丈夫かは分からないが、おそらく、指を出す穴をわざわざ作ったのは、日頃蘭丸が愛用している革製の手袋を参考にしたのだろう。
しかし、蘭丸が聞きたいのは、そこではなかった。
毛糸で編まれた、見るからに暖かそうなふかふかの手袋。
身に着けたときに、甲にあたる部分に編み込まれているもの。

「おれが、言いたいのはそういうことじゃねぇ。この模様は何なんだってことだ」

蘭丸が指さした先を、春歌はしげしげと眺めると、にっこりと微笑んだ。

「以前、差し上げたクッションを大切に使ってくださっているので、その模様がお好きかと思いまして、がんばって編みました」

想定通りの答えに、蘭丸は頭を抱えたくなった。
こうして恋人になる前に過ごしたクリスマスに、春歌から贈られたクッション。
ふかふか柔らかい上に、手製のカバーの肌触りもよく、家で昼寝をするときに愛用していた。
それと同じ模様。
毛糸でその模様を再現するのは、かなり難しいのではないだろうか。
最近、真夜中にベッドを抜け出してコソコソ何かをやっている様子だったが、そういうことだったのか……。

「あ、あの……もしかして、タマに見えませんでしたか?」

蘭丸が黙り込んでいるので、春歌は不安げな表情を浮かべた。

「……見えるぜ。これは、紛れもなくタマだ」
「ちゃんとタマって分かりますか!良かったです」

蘭丸の返事を聞くと、ほっとした様子で微笑む春歌。
ひとめ見て、その模様はタマであると、蘭丸にも分かった。
作曲だけでなく、家事全般、さらに編み物まで……。
恋人のスキルの高さに内心驚きつつも、最も気になることをようやく伝える。

「……で、これを誰が使うんだ?」
「もちろん、蘭丸さんです!」

きっぱりと断言する春歌。
分かりきっていたことだったが、聞かずにはいられなかった。
しかし、蘭丸が使うには、可愛らしすぎるデザインのそれ。
そう……確かに、可愛い。
蘭丸の基準で言えば悪くはねぇ、可愛らしさだ。
しかし、そんな可愛いものを、世間的には強面に分類される顔をした己が身に着けた姿を、想像してみると……。

「おれか……。プレゼントって言ってんだから、そうだよな……」
「はいっ!ライブの前や移動時に、手を冷やすといけませんし」
「……」

難しい顔をして手袋を凝視している蘭丸に、春歌はようやく気づいた様子だった。
みるみるうちに、眉を八の字にして、困った様子で首を傾げる。

「あの……お気に召しませんでしたか?でしたら、作り直しま……」
「その必要はねぇ!」

春歌の言葉を遮るように、蘭丸は声を荒げて言った。
恋人の悲しそうな顔に、蘭丸は弱い。
仕事上のパートナーとしての時間は、妥協せず厳しく接してしまう分、恋人としての時間では、とにかく甘やかしてしまう。
仕事も忙しいのに、その合間をぬって弁当作りだけでなく、こんなことまでしてくれていたとは……。

「そんなしょぼくれた面すんな……。使ってやるよ」
「え……でも……」
「大事に使わせてもらうぜ」
「あ、あの……。ありがとうございます!」
「馬鹿。礼を言うのは、こっちだろうが。サンキュ」

ふっと笑うと、蘭丸は春歌の額に軽くキスをした。
それだけで、頬を真っ赤にしてしまうウブな恋人を愛おしく感じて、贈り物の手袋と一緒に抱き締めた。



次の日、テレビ局での収録を終えて帰ろうとした玄関先。
この冬一番の冷え込みになるという予報ではあったが、夜になり雪がちらつき始めていた。
ぶるりと体を震わせ、ふと思い当たる。

「そういやぁ、持ってたな……」

ジャケットのポケットに突っ込んできた、それ。
春歌の編んでくれた手袋。
ふかふかとした手触りのそれを、手にはめた。
蘭丸のために作られたそれは、初めて身につけたにも関わらず、しっくりと手に馴染んだ。

「あったけぇな……」

無意識のうちに、呟いていた。
あたたかさに、無性に春歌が恋しくなった。
今日は午前中の打ち合わせだけで、昼過ぎには家に帰っていると春歌は言っていた。
帰ろう。
寒い夜、ひとりで自分を待っている恋人のもとに、少しでも早く……。

「ランラン、お疲れちゃーん。いい手袋持ってるね。かーわいい」
「げっ!嶺二……」

そんなことを思っていたところで、後ろから思いもよらぬ人物に声を掛けられた。
蘭丸としては、一番見つかりたくない人物だった。
同じ事務所の寿嶺二。
いつも、お祭りのように騒々しい男だ。

「それって、ネコの模様だよね。しかも、しかもーー、手編みだったりする?ははーん、さては、後輩ちゃんが作ってくれたの?ヒューヒュー熱いねー。雪が降ってるけど、熱いねーー」
「てめぇ……大声出すんじゃねぇ!」

早口でまくしたてる嶺二を、蘭丸は真っ赤な顔で睨みつける。
しかし、普通の人ならたちまち畏縮してしまう蘭丸は睨みは、嶺二にはまったく効力がないようだ。

「ほほう……。なにやら楽しそうなことになっているではないか」
「もう……ふたりとも玄関で騒いで、迷惑だよ。通行の邪魔」

さらに、見つかりたくない人物がやってきた。
こちらもまた同じ事務所のカミュと美風藍。
クリスマスライブでユニットを組んでから、何かと関わる機会が増えてきた。

「げっ、てめぇらもいたのかよ……」
「ボクは、カミュの番組のゲストでの収録。それが終わったから、出てきただけなんだけど」
「ああ。帰ろうとしたところで、貴様らが玄関で騒いでいた。偶然、出会っただけだ」

そう言い放つカミュと藍を見て、蘭丸は心の中で舌打ちをした。
するとカミュは、蘭丸の手元を一瞥するなり、氷を思わせるアリスブルーの瞳をすっと細めた。

「ほぉ……。なかなかかわいらしい手袋をしているな。黒崎」

カミュの言葉に、藍も蘭丸の手袋に気が付いた。

「ほんとだ。ランマルがそういうの着けてるのって珍しいよね。これまでのデータでは、無い」
「さしずめ、小娘から贈られたのだろう。よく似合っているぞ、黒崎!」

鬼の首を取ったかのように、カミュが得意げに言い放つ。

「でしょ?かわいいよね。こんな風にあったかくて可愛い手袋を編んでくれる恋人が、ぼくちんも欲しいなぁ」
「嶺二、うるせぇ!」
「しかし、黒崎。お前は大人になっても、クマとかネコのような可愛らしいものが好きなのだな」

聞き捨てならないことを言うカミュに、嶺二を押さえつけていた蘭丸の手が止まる。

「……!?カミュ……なんでそんなこと知って……。じゃねぇ!あー、訳わかんねぇ」
「黒崎。どうやらそこがお前の弱点のようだな」
「もう、ミューちゃん。ランランをあんまりいじめちゃ、かわいそうだよ」

相変わらず騒ぐ3人に、藍はため息をついて言った。

「だから、こんなところで騒ぐと迷惑だから。帰るよ」
「えー、帰るのー。寒い夜だし、せっかく会えたんだから、今からみんなであったまるものを食べに行きたかったのにー」

ぶーぶーと文句を言う嶺二の横で、藍はちらりと蘭丸を見た。

「心拍数、血圧から察するに、ランマルは早く帰りたくて焦っている感じだし」
「そっかー。最近、打ち上げで使ったお店なんだけどさ、お肉料理もおいしいんだけど、デザートで出てくる冬季限定のフォンダン・ショコラが絶品でさ。切ると中からあったかいチョコレートがとろーーりと出てきて、それがまた美味しいんだよ」
「っ!!あったかい……チョコレート……」

嶺二の言葉に、蘭丸をからかってニヤニヤしていたカミュの表情が固まった。

「寿。そんなに言うのならば、俺がつき合ってやらんこともない」
「えっ、ミューちゃん、マジ!?ミューちゃんが誘いに乗ってくるなんて、珍しい。明日雪でも降る……じゃなくて、もう降ってるし!」
「行くぞ、寿。時間が惜しい」
「いったーーっ!ミューちゃん、引っ張らないでーー!」

雪の向こうに二人が消えていくと、藍が蘭丸をちらりと見た。

「じゃあ、ボクもこれで」
「あ、あぁ、なんかありがとうな」
「ボクは、何もしてないし。お礼を言うなら、レイジにじゃない。結果として、カミュを連れていってくれたし」

そう言われて、気づいた。
甘いものに目がないカミュの気を惹くような発言を、嶺二はしていた。

「ったく……。あとで礼を言うか」
「ランマル」
「あ?」

藍が、じっと蘭丸を見つめてきた。
15歳と年齢は蘭丸よりずっと下のはずなのに、どこか達観したところのある少年。

「その手袋。悪くないんじゃない。ランマルの手、ちゃんとあったまってる。じゃあね」

藍の背中が、夜闇に吸い込まれて行くのを見送ったあと、手袋のネコの模様を見つめて、蘭丸はふっと微笑んだ。
ちょっと間抜けな顔をしたトラネコの模様。
作り主の少女を思わせる、可愛らしい表情。
それに包まれた、蘭丸の手。

「そうだな。悪くねぇ……。いや、いい手袋だ」

そして、夜道を駆けだした。
愛しい恋人の待つ、家へ向かって。

ASプレイ後、最初のお話は蘭春となりました!
ASのメモリアルで、手袋の話をする蘭春を見て、滾って書きました。蘭春は、早く結婚すればいいと思う。Q★Nの3人も出せて、書いていて楽しかったです。