Delicious Baby
久しぶりに、二人で過ごすオフ。
ノートに走らせていたペンを止めると、わたしは窓の外に目をやった。
外は、あいにくの雨。
背中合わせに座った黒崎先輩のつま弾くベース音が、雨音と混じり合いながら部屋の中に響いている。
(あたたかいな……)
ぼんやりとそんなことを考えながら、わたしは先輩の背中にそっともたれ掛かる。
わたしの動きに呼応するように、腰掛けているベッドのスプリングが微かに軋んだ。
密着することによって、さらに感じられる先輩の体温。
わたしをやさしく包みこむように鳴る、ベース音。
それらを感じながら、いつものようにピアノやシンセに向かうのではなく、ペンを手に、心のまま五線譜にメロディを書き込む。
わたしは今日、そんな贅沢な休日を過ごしている。
大好きな先輩と一緒に。
雨が降っていたとしても、今のわたしたちには関係ない。
ぽかぽかとあたたかくて幸せな時間が、わたしたちの間には流れている。
(そろそろ、お茶の用意でもしたほうがいいかな?)
先輩の背中にもたれながらも、わたしはちらちらと相手の様子を伺った。
今度のライブで演奏する曲の練習に余念のない先輩。
この部屋に来てからずっと集中してやっているけど、一度、休憩を挟んだほうがいいのかもしれない。
それに…………。
そろそろ、わたしもかまって欲しいなって気持ちもあったり……。
先輩の奏でる音楽は、とても心地よいのだけど、それでもやっぱり……。
せっかく、二人っきりになれた休日なんだし。
でも、どういうタイミングで声を掛けたらよいのか迷ってしまい、わたしはもじもじした。
「……おい」
「はい?」
ベースの音がふっと止むと同時に、背中を合わせたままの先輩が、おもむろにわたしに声を掛けてきた。
「ちょっとこっちを向け」
「え?あの、先輩のほう……ですか?」
「決まってんだろう。いいから、つべこべ言ってねぇでこっちを向け」
突然の命令に、わたしがもたもたしていると、先輩が焦れた様子で促してくる。
わたしは、先輩の様子を伺いつつゆっくりと振り返った。
すると、先輩の腕が伸びてきて、そんなわたしの肩をがっしりと掴む。
驚きや疑問の声を上げる暇もなく、先輩の手がそのままわたしのあごを捕らえて、ぐいっと上向かせられた。
そして、先輩の唇が、わたしの唇に荒々しく重ねられる。
突然のキスに、わたしの思考は停止した。
「ふっ……ん……」
無理のある姿勢でのキスだから、首がちょっと痛い。
でも、先輩の舌が、わたしの上唇をざらりと舐めてきて、そんな痛みなんてすぐにどこかへ吹っ飛んでしまった。
とても強引で乱暴なキスなのに、すごく気持ちいい。
大好きな、先輩とのキスだから……。
無意識のうちに、自分の声とは思えないようなエッチな声が、唇の隙間から漏れてしまう。
恥ずかしい……。
そう思うけれど、そんな体の反応を止めることはできない。
わたしが思わず唇をぎゅっと噛みしめたところで、先輩はあっさりと解放してくれた。
「…………」
その後しばらく、相変わらず背中合わせの状態で、わたしたちは言葉もなく座っていた。
キスで乱れた息が苦しくて、わたしは先輩の背中にくったりともたれ掛かる。
「わりぃ……」
荒くなっていたわたしの息が整ってきたところで、先輩がぽつりと呟いた。
「おまえが、かまってくれって言うから……ついな」
「え、あ……。わたし、まさか声に出しちゃってました……?」
確かに、そろそろ先輩にかまって欲しいなとは思っていたけど、声に出してしまっていただなんて……。
ますます恥ずかしい。
キスの余韻と、羞恥心で火照った頬に手を当てると、先輩は再びベースをかき鳴らすと、ぶっきらぼうに言った。
「声には出してねぇよ。けど、雰囲気で分かるんだよ。おまえの考えてることなんか」
「そう、ですか……」
「わかりやすいんだよ」
そう言いながら、ふっと先輩は笑う。
先輩の広い背中が揺れるのを感じた。
わたしの考えていることなんて、先輩はすべてお見通しだったんだ。
なんか、ちょっとくやしい。
こうして恋人になったものの、先輩はやっぱり大人で……。
対するわたしは、初めての恋に右往左往する子ども。
いつだって翻弄されるのはわたしのほう。
たまには、お返しをしてみたい。
わたしは唇を尖らせ、先輩に抗議する。
「確かにかまって欲しいとは思っていました。でも、先輩の今のキス……。なんだか、やっつけ仕事みたいでした」
「ああ……?」
わたしのささやかな反抗に、先輩はベースをつま弾く手を止めた。
不機嫌そうな声をあげて、わたしのほうへと振り返る気配がする。
以前のわたしなら、それだけできっと萎縮してしまっていた。
でも、今はもう知っている。
決して、先輩が怒っているわけじゃないってことを。
わたしは、くるりと先輩のほうへと向き直る。
「仕方ないからした、やっつけ仕事のキスでしたよね?そんな感じでした」
「ちっ……」
わたしの目線を受けて、先輩が舌打ちをする。
先輩のこの態度は、はたから見れば、きっと怒っているようにしか見えない。
でも、先輩は怒っていない。
むしろ……。
「てめぇ、なかなか言うようになったな……。出会った頃は、びくびくおどおどしてばっかのヤツだったのに」
「だって、とっても厳しい黒崎蘭丸先輩に鍛えられましたから」
わたしの答えを聞くと、先輩はふっと微笑む。
そして、抱えていたベースをそっと置くと、今度は先輩もわたしのほうへと向き直る。
「そんな生意気なこと、言えねぇようにしてやんよ」
そう言うと、空いた両手でわたしを抱き寄せた。
「目ぇ閉じろ……」
先輩に促されて、わたしは目を閉じる。
すると、今度はゆっくりと先輩の唇が重なってきた。
そのまま、やさしく柔らかに、先輩の舌がわたしの唇を舐める。
とろけるような感触に、わたしの体の力は徐々に抜けてくる。
緩んだ唇の隙間から、先輩の舌が入り込み、わたしの口腔内を探ってきた。
丁寧に、すみずみまで味わうように。
それは、さっきの強引なキスとは違って、とてもやさしいキスなんだけど、どこまでもわたしを食らい尽くそうとするかような貪欲なキス。
奪われる……。
心も、体も、黒崎先輩に……。
気づいたら、わたしはそのままベッドに押し倒されていた。
長くとろけるようなキスが途切れたところで、わたしはゆるゆると目を開ける。
ぼんやりと、先輩を見つめる。
「これで、やっつけ仕事なんて言えねぇだろう?」
「はい……」
わたしを見つめるオッドアイが、愛しげにふっと細められる。
それと同時に、ベースを弾くために固くなった指先が、わたしの頬を撫でてきた。
そのくすぐったさに、わたしが思わず肩をすくめそうになった。
そこに、先輩が顔を埋めてくる。
そして今度は、首筋にキスをされた。
一度目は、甘く食むように。
二度目は、軽く歯を立てて。
「ん……っ!!先輩、ちょっと痛いですって!」
「わりぃな」
わたしが抗議の声を上げると、先輩は口では謝罪しつつも全然反省していない様子で、歯を立てたところをぺろりと舐めてきた。
「あ……」
またわたしは、無意識のうちにエッチな声を上げてしまう。
先輩を誘うように。
本当に、先輩にはかなわない。
「相変わらず、いい声だすよな。春歌。今からおまえを鳴らす時間にしてやんよ」
しれっとそう言い放つ先輩に、わたしは組み敷かれたままの体勢で思わず睨みつける。
「先輩。あの……」
「いやとは、言わせねぇ」
「あの、いやとかそういう意味じゃなくて……」
――先輩のその喩え方、すごくいやらしいです。
そう言いたかったのに、わたしの唇はあっけなく塞がれてしまう。
いつも自在にベースをかき鳴らす指に、あとはひたすら翻弄されるばかりだった。
蘭ちゃんのドルソンを聴いて、萌えた勢いで書き上げました。もともと蘭ちゃんは好みだったのですが、完全に心を持っていかれてしまいました。
蘭ちゃんとお付き合いした場合、春ちゃんはかなり鍛えられているはずなので、ちょっぴり強気な感じじゃないかと思って書いてみたのですが、いかがでしょうか(笑)?