神様だけが知っている

「おや、これは?」

いつものように訪れた恋人の部屋。
彼女の寝台の上に、何やら分厚い本が置かれているのを見て、天海は思わず手に取った。
図書館から借りてきたのであろうその本は、読み途中であることを示す栞が、真ん中のあたりに挟まれている。

「”古事記”ですか……」
「それ、図書館で借りてきた本なの。天海、どんな本か知ってる……?」
「神代からの歴史が記された本ですね。少し、偏った部分もあるようですが」

天海は寝台に腰掛けると、ぱらぱらと頁を捲る。
そんな天海の様子を伺うように、ゆきは隣に腰掛けてきた。
ほんの数頁目を走らせただけで天海は本を閉じ、ゆきに手渡した。
本の内容には、さして興味が無いといった様子だ。
それよりも天海が興味があるのは、別のところ。

「ゆき、なぜこのような本を?」
「あの……それは、日本の神様に興味があって……。ずっと海外にいたから、私にはそういった知識がないの」

そこまで言うと、ゆきは頬を染めた。

「あ、でも!この本には、天海は出てこないよ」
「それはそうでしょう。私は本来、人の歴史に関わることのない神だったのですから」

ふっと笑いながらそう言い放った天海に、ゆきは小さな声であっと言った。

「そういう意味じゃないの……。天海がこの本に出てこないのは分かっていたけれど、こういうのを読んでみれば、神様のことが少しは分かるんじゃないかと思ったから……」
「そうですか。君は、神のことを知りたいのですね。しかし、私以外の神に興味を持つとは……。つれない子」

天海の言葉に、ゆきは首を勢いよく振った。

「違うの。神様のこと……と言うよりも、天海に興味があって……。だから、天海は出てこないことは分かっていたけど、この本を読んでこっそり勉強したかったの……。他に、いい本を見つけられなくて」

そこまで言うと、ゆきは俯いた。
その紅潮した横顔を、天海はしばらく見つめていた。
また、自分の悪い癖が出てしまった。
こうして敢えて言わせなくとも、ゆきの気持ちは天海には手に取るように分かっていた。
しかし、それなのに彼女に気持ちを言葉にさせてしまう。
250年……悠久の時を生きる天海にとっては短いが、人にとってはとても長い年月、掌の上で公儀を操ってきたせいであろうか。
人として彼女の傍にありながら、つい言葉で遊んでしまう。
そして、自分の言葉に翻弄される彼女を見て、楽しんでいるのだからタチが悪い。
しかもそれを反省して改めるつもりは、天海にまったくなかったりもする。

「こっそりだなんて、可愛い子。私のことを知りたいのならば、尋ねてもらえればいくらでも教えてさしあげますよ」

天海の言葉に、ゆきはゆっくりと顔を上げ、視線を移してきた。

「でも……」
「聞きたいことがあるのでしょう?本から知識を得ようと渇望するくらい……」

天海が促してやると、ゆきはこっくりと頷いた。
そして、真っ直ぐに天海の瞳を見つめて疑問を口にした。

「あの……。天海って……男の人……。ううん、男の神様……なんだよね?」
「……」

今さら何をと言いそうになったのだが、思いとどまった。
ゆきの真剣な表情を見るに、心の底から疑問に思って尋ねていることが分かったから。

「変なことを聞いて、ごめんね」
「ふふっ。さすがに私も、そのようなことを君に聞かれるとは、思いませんでした」

天海はくすりと笑うと、ゆきの頬にそっと触れた。
ゆきは、くすぐったそうに肩をすくめる。

「……こうして触れること……それに……」

そこで言葉を止めると、天海はゆきの唇に軽く口付けを落とす。
口付けられた瞬間、ゆきの目がきゅっと閉じられた。
そのあどけない可愛らしさに、思わず笑みがこぼれる。

「このように口付けまで許しているというのに、私が男であることを、まだ分かっていなかったのですね」

きつく閉じられていたゆきの瞳が、ゆっくりと開いた。

「そういう訳じゃないの。神様って、性別とかに縛られない存在だと思っていたけど、本を読んでみて実はそうじゃないってことが分かって不思議になってきちゃったから……」
「不思議……ですか?」
「だって、男の神様と女の神様がいて、結婚をして子どもが産まれたり……。それに焼きもちを焼いたり、喧嘩して……。この本を読んでみると、神様なのに、人間としていることに差がないの」
「差がない、ですか……。それならば、なぜ私が男であるかなどと問うのです?」

すると、ゆきは頬を染めてまた俯いた。
そして、その表情を隠すかのように、天海の肩にこつんとおでこをくっ付ける。

「天海はとても綺麗だから……。だから、違うんじゃないかって考えちゃった。男でもあって、女でもあるみたいな感じで……」

ゆきの言葉に、天海の中に悪戯心が芽生えてきた。
愛しい子がどんな反応をするのか、試してみたくなった。
天海は、いつもより低い声で言葉を発する。

「……さすが神子と言ったところでしょうか?よく分かりましたね……」
「……え?」

天海にもたれ掛かったままのゆきの肩が、ぴくりと揺れた。

「ゆき、君が望むのであれば、私は女にでもなれますよ」
「そ、そう……だった……の?」

相当驚いているのであろう、ゆきは目を白黒させながら顔を上げた。
緩みそうになる頬を隠しながら、天海は続ける。

「ゆき、選択を……。男か女……どちらの私がよろしいですか?」
「え……。急に言われても……」
「答えが見つからぬのなら、趣向を変えて一度女になりましょうか……」

天海の言葉に、ゆきは慌てて腕をぎゅっと掴んできた。

「だめ。そのままでいて!」
「ゆき……」
「……天海は、そのままでいて欲しいの……」
「分かりました。可愛い子……」

天海は、痛いくらいの力で腕を掴むゆきの手をそっととらえ、そのまま寝台の上に押し倒した。
二人分の体重を支えるかのように、寝台がぎしりと音を立てる。
そして、押し倒した流れのままに、天海はゆきの唇を塞いだ。
先ほどの触れるだけの口付けとは違い、今度は唇の感触を確かめるように何度も口付けを施す。
みるみるうちにゆきの頬は上気し、口付けの合間に切なげな吐息が零れ出してきた。
彼女をこんな風にできるのは、天海が男であるからこそ。
神である天海は、己の性……いや、己だけでなく他者の性など、これまで気に留めたことなどなかった。
むしろ、興味がないと言えばよいのだろうか。
しかし今は、こうして天海によってゆきがより愛らしく変貌する様を見られるのだから、男でよかったと思う。
口付けを繰り返すうちに、ゆきの腕が、天海の背に回された。
震える指先がシャツを握り締め、もっとと強請るように天海を引き寄せるような動きを見せる。
無垢だった神子は、いつの間に、このように男を熱くさせる手管を覚えたのか。
愛する女を前にしてしまえば、神も人間も関係ない。
そのいじらしさになんとも言えぬ心持ちになり、天海は慎重に彼女に自重をかけていった。
華奢だけれど、女性らしく柔らかなゆきの身体。
天海とは、明らかに違う構造の身体……。
その愛しい身体を潰してしまわぬように、ゆっくりと互いの胸を密着させる。
そうすることにより、ゆきの身体の中でも一等柔らかな乳房の感触を己の胸板にありありと感じられるのは、天海の身体が男であるからに他ならない。

「どうですか?これでも私を、男でもあり女でもあるみたいに感じられますか?」
「ううん…………」

ゆきがゆるゆると振ったことにより髪が流れ、無防備な首筋がさらけ出される。
今度はそこに唇を押し当てると、天海は呟いた。

「ゆき。私に女になれる力があったとしても、なる気はさらさらありませんよ」
「さっきのは、冗談だったの?」
「さて、どうでしょう……。こうして今があることに、私は幸福を感じていますからこのままでいいのです」
「天海は、今が幸せ?」

その問いを聞くと首筋から唇を離し、天海はゆきの顔を覗き込んだ。

「ええ。私が一人の男であるからこそ、女である君により近づくことができるのですから」
「私に、近づく……?」

ゆきは、分からないといった様子で目を瞬かせる。
その頬に、そっと触れると天海は言った。

「神でも、人の子でも、男と女がすることは変わらないですからね」
「え……」
「おや?古事記を読んで学んだのではありませんか?愛しい子」

そう言いながらすっと細められる天海の瞳に、艶っぽい光が宿っている。
男女の情事に疎いゆきにも、この状況下であるから、天海の遠回しな誘いでも伝わったようだ。

「分からない……と言うのならば、近いうちに教えて差し上げましょう」
「あの……近いうちって、いつなの?」
「ふふっ。愛しい君が今すぐにと言うのならば、ここでお答えしても一向に構わないのですが……」
「そ……そういう意味で言った訳じゃ……ないの……」
「おや、違いましたか?それならば、どうしますか?」
「私に選ばせるなんて、天海、なんだかずるい……」

ゆきはそう呟くと、恥ずかしそうにぎゅっと目を閉じた。

「ゆき、選びなさい」

天海の言葉に促されるように、ゆきの瞳が再び開く。
そして、かすかに震える唇が、その問いへの答えを紡ぎだした。

その答えは、ゆきを愛する神様だけが知っている。

天海が好きすぎて、生きていくのがつらいです!
天海の恋愛イベントで、高杉に男女の情事を語られたのが、かなり印象に残っています。
しかし、天海の壮絶な色気は、どうすれば表現できるのでしょう?ちなみに、古事記ってなにげにエロいんだよ。